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金沢地方裁判所小松支部 昭和53年(ワ)44号 判決

主文

被告らが昭和五二年一月一〇日別紙物件目録記載の農地につき締結した賃貸借契約(賃貸期間一〇年)を解除する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外松木幸吉(以下、松木という)は、昭和五一年八月一〇日、被告中川巖(以下、被告中川という)に対し、金一〇〇〇万円を弁済期日同年一〇月一〇日の約定で貸渡していたが、昭和五二年三月二四日、右貸金につき利息年一割五分、損害金日歩金四銭、弁済期日同年五月三一日と定めた。

2  更に、松木は、昭和五二年四月七日、被告中川との間で同被告に対する次の債権を合わせて債権額金一五〇〇万円、利息年一割五分、損害金日歩金四銭、弁済期日同月一五日とする準消費貸借契約を締結した。

(一) 左の(イ)(ロ)(ハ)の貸金残金一三〇万円

(イ) 昭和四九年九月一六日の貸金四〇万円(弁済期日昭和五〇年一二月三一日)

(ロ) 昭和五〇年一二月三一日の貸金一九〇万円(弁済期日昭和五一年二月末日)

(ハ) 昭和五一年五月四日の貸金二一〇万円(弁済期日同月一〇日)

(二) 昭和五二年三月一七日の貸付金五五〇万円(弁済期日同年四月一五日)

(三) 貸金一〇〇万円 ただし、昭和四九年夏頃、被告中川が石川県加賀市橋立町所在の不動産を買受けるに当たり、松木が同被告に買受資金として貸渡したものである。

(四) 貸金七〇〇万円 ただし、昭和五二年三月頃、松木が被告中川に対し、熊坂の土地を担保に貸金二〇〇〇万円の債権を有していたが、その残金の一部である。

(五) 利益分配金一五〇万円 ただし、右(三)項の買受不動産転売利益金を松木と被告中川間で平等分配する約束があり、これに基づく利益金三〇〇万円の半額の分配請求債権である。

3  ところで、松木は、昭和五二年三月二四日、1項の債権を担保するため、被告中川との間でその所有にかかる別紙物件目録記載の農地一四筆(以下、本件農地という)のうち、番号10、11、13の農地につき、債権額金一〇〇〇万円、利息年一割五分、損害金日歩金四銭とする抵当権設定契約を締結し、金沢地方法務局大聖寺出張所同月二五日受付第二七八五号をもつて右設定登記を経由し、次いで昭和五二年四月七日、2項の債権を担保するため、本件農地のうち右三筆を除くその余の農地につき、債権額金一五〇〇万円、利息及び損害金は右同割合とする抵当権設定契約を締結し、右同出張所同月八日受付第三四一七号をもつて右設定登記を経由した。

4  松木は昭和五二年七月二八日原告に対し、本件の各被担保債権を譲渡し、債権金一〇〇〇万円に対する抵当権については、前記同出張所同月二九日受付第九五五六号をもつて、債権金一五〇〇万円に対するそれについては前記同出張所同日受付第九五五八号をもつてそれぞれ抵当権移転の付記登記を経由した。

5  原告は前記各抵当権に基づき、昭和五二年八月二五日本件農地等の競売を申立て、金沢地方裁判所小松支部昭和五二年

(ケ)第二〇、二一号各不動産競売申立事件として係属中であるが、本件農地のうち番号10、11及び13の農地の評価額は金一三四万四〇〇〇円であり、その余の農地の評価額は金五三四万一〇〇〇円である。

6  ところが、被告中川と同久保田章(被告中川の実弟、以下、被告久保田という)は、昭和五二年一月一〇日、本件農地につき賃貸期間一〇年とする賃貸借契約(以下、本件賃貸借という)を締結した上、同年五月一六日加賀市農業委員会に対し農地法三条の許可申請をなし、同委員会は同年六月二三日これを許可した。ところで、農地の賃貸借に関する右同法条の許可は、許可の日から将来に向かつてその効力を生じるので、前記の各抵当権設定後に締結された本件賃貸借は抵当権者に対抗し得ないものであるが、同委員会はこのような賃借権の存する農地も農地法三条二項一号にいう小作地に該当するものとして、被告久保田以外の者にその取得資格を認めず競売適格証明書を交付しない。そのため競買申出人は被告久保田に限定されてしまつて公正な競争による競売が不可能となり、本来抵当権者に対抗し得ない賃借権であるにもかかわらず、結果として対抗力のある賃借権と同様競売価格を極端に低落させることが予想され、原告の被担保債権の完済を不可能にし、損害を及ぼすことは明らかである。

7  よつて、原告は民法三九五条但書の準用により、本件農地につき被告らの間に締結された本件賃貸借の解除を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は否認する。被告らは当初認めると述べて自白したが、これは真実に反し、かつ、錯誤によりなしたものであるから、右自白を撤回する。

2  同2項の事実はすべて否認する。

3  同3項の事実中、本件農地につき原告主張の各抵当権設定登記が経由されていることは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同4項の事実中、原告主張の各抵当権移転の付記登記経由の点は認めるが、その余の事実は知らない。

5  同5項の事実中、原告主張の各競売申立事件係属の点は認めるが、その余の事実は知らない。

6  同6項の事実中、本件賃貸借の締結とこれに対する加賀市農業委員会の許可の点は認めるが、その余の事実は否認する。

7  同7項は争う。

三  抗弁

1  請求原因1項の債務については、連帯保証人町田博(以下、町田という)の経営する加賀第一不動産有限会社(以下、加賀第一不動産という)がその所有山林を有限会社加賀土石(代表取締役按察正敏、以下、加賀土石という)に提供し、これと引換に按察正敏(以下、按察という)が金一〇〇〇万円の連帯保証債務を引受け、その支払をしたので消滅した。

2  請求原因2項(一)の債務については、被告中川が松木に対し弁済した。

3  同2項(四)の債務についても、加賀第一不動産が松木に対し弁済した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1項の事実は否認する。なお、この点に関する被告らの自白の撤回には異議がある。

2  同2項の事実も否認する。

3  同3項の事実も否認する。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1項の、松木が昭和五一年八月一〇日被告中川に対し金一〇〇〇万円を弁済期日同年一〇月一〇日の約定で貸渡し、次いで、昭和五二年三月二四日、右貸金につき利息年一割五分、損害金日歩金四銭、弁済期日同年五月三一日と定めた事実については、被告らは自白しながら後にこれを撤回し、原告は撤回につき異議を述べる。そこで検討するに、自白の撤回は、自白が真実に反し、かつ、錯誤に基づいてなされた場合に限つて許されるところ、本件全証拠によつても右のような事実を認めるに足りないので、右自白の撤回は許されない。

ところで、被告らは、右請求原因1項の債務に対する抗弁として、「連帯保証人町田の経営する加賀第一不動産がその所有山林を加賀土石(代表取締役按察)に提供し、これと引換に按察が金一〇〇〇万円の連帯保証債務を引受け、その支払をした」旨主張し、証人町田及び同按察はいずれも右主張に沿う証言をするが、証人松木の証言(第一、二回)に照らし、かつ、支払を明確に裏付ける領収書その他の書類が提出されていない点に加え、いずれも成立に争いのない甲第一号証(金銭消費貸借抵当権設定契約証書)、同第三号証の四、五(金一〇〇〇万円の借用証書、印鑑証明書)並びに弁論の全趣旨によつて認められるとおり、金一〇〇〇万円の借用書が依然貸主側の手許にある点及び後記のとおり、松木と被告中川との間で、右貸金を被担保債権とし、同被告所有の農地の上に抵当権を設定し、その旨の登記を経由している点に照らすと、右証言はにわかに措信できず、他に右弁済の抗弁を認めるに足りる的確な証拠はない。

二  次に、請求原因2項の準消費貸借契約の成否及びその前提となる各債権の存否につき検討する。

1  いずれも成立に争いのない甲第三号証の一ないし三(金四〇万円、金一九〇万円、金二一〇万円の借用書)、証人松木の証言(第一回)及び被告中川本人尋問の結果によれば、松木は被告中川に対し、(イ)昭和四九年九月一六日に金四〇万円を弁済期日昭和五〇年一二月三一日の約定で、(ロ)昭和五〇年一二月三一日に金一九〇万円を弁済期日昭和五一年二月末日の約定で、(ハ)昭和五一年五月四日に金二一〇万円を弁済期日同月一〇日の約定でそれぞれ貸渡し、後記債権譲渡の時点で貸付残金一三〇万円の債権を有していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そこで、被告らの弁済の抗弁についてみるに、被告中川は抗弁に沿う供述をするが、右供述だけでは弁済の事実を認めるに十分でなく、他に本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

2  成立に争いのない甲第三号証の六、七(金五五〇万円の借用書、印鑑証明書)、証人松木の証言(第一回)及び被告中川本人尋問の結果によれば、松木は被告中川に対し、昭和五二年三月一七日に金五五〇万円を弁済期日同年四月一五日の約定で貸渡したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

3  証人松木の証言(第一回)及び被告中川本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告中川が昭和四九年頃石川県加賀市橋立町所在の土地、建物を買受ける際、松木は同被告に対し右買受資金として金一〇〇万円を貸渡したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

4  証人松木の証言(第二、三回)並びに弁論の全趣旨によれば、松木は昭和五二年三月頃被告中川に対し貸金七〇〇万円の債権を有していた事実が認められないではない。しかし、右松木証言(第三回)によれば、加賀第一不動産が右債務を支払つた(日は不明)ものと推認され、右推認を覆すに足りる証拠はないから、この点に関する被告らの弁済の抗弁は理由がある。

5  このほか、原告は、「3項認定の貸付の際、買受不動産の転売利益を松木と被告中川間で平等分配する約束があり、これに基づく利益金三〇〇万円の半額の請求債権がある」旨主張し、証人松木は右主張に沿う証言(第一回)をするが、右証言だけでは右事実を認めるに十分でなく、他に本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

6  しかして、成立に争いのない甲第二号証(金銭消費貸借抵当権設定契約証書)及び証人松木の証言(第一回)によれば、松木は昭和五二年四月七日被告中川との間で、同被告に対する前記認定の債権を含む債権額金一五〇〇万円、利息年一割五分、損害金日歩金四銭、弁済期日同月一五日とする準消費貸借契約を締結したことが認められ、右認定に反する被告中川本人尋問の結果は前掲証拠と対比してにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実を総合すると、右準消費貸借契約は前記認定にかかる債権合計金七八〇万円の限度で有効である。

三  次に、請求原因3項の事実中、本件農地のうち番号10、11、13の農地につき、金沢地方法務局大聖寺出張所昭和五二年三月二五日受付第二七八五号をもつて、債権者松木、債務者被告中川、被担保債権金一〇〇〇万円、利息年一割五分、損害金日歩金四銭とする抵当権設定登記が、また、本件農地のうち右三筆を除くその余の農地につき、右同法務局出張所昭和五二年四月八日受付第三四一七号をもつて、右同債権者及び債務者、被担保債権金一五〇〇万円、右同利息及び損害金とする抵当権設定登記が経由されていること自体は当事者間に争いがなく、前掲甲第一、二号証、証人山下岩雄及び同松木(第一回)の各証言によれば、松木は被告中川との間で昭和五二年三月二四日1項の債権金一〇〇〇万円を担保するため、被告中川の所有にかかる本件農地のうち番号10、11、13の農地につき、また、同年四月七日前項認定の金七八〇万円を含む債権金一五〇〇万円を担保するため、本件農地のうち右三筆を除くその余の農地につき、それぞれ抵当権設定契約を締結し、右各抵当権設定登記を経由したものであることが認められ、右認定に反する被告中川本人尋問の結果は前掲証拠と対比して措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  次に、請求原因4項の事実中、原告主張の各抵当権移転の付記登記が経由されていること自体は当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第五ないし第二二号証(本件農地等の登記簿謄本)及び原告本人尋問の結果によれば、松木は昭和五二年七月二八日原告に対し本件の各被担保債権を譲渡し、右の各登記を経由したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。してみると、右債権譲渡及び付記登記は金一〇〇〇万円全額と金七八〇万円の限度で有効である。

五  次に、請求原因5項の事実中、原告は前記各抵当権に基づいて、昭和五二年八月二五日本件農地等の競売を申立て、金沢地方裁判所小松支部昭和五二年(ケ)第二〇、二一号各不動産競売申立事件として係属中であることは当事者間に争いがない。そこで、本件農地の評価額についてみるに、いずれも成立に争いのない甲第二二、二三号証(野本幸二作成の鑑定書)及び証人野本幸二の証言によれば、昭和五八年五月九日の時点における評価額を合計金六六八万五〇〇〇円としているのに対し、いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第四号証の一、二(西出清好作成の鑑定書)では、昭和五三年一月の時点におけるそれとして野本鑑定より大巾に上回る金額を算出している。しかし、西出鑑定については、鑑定時から既に五年以上経過している上、後記被告久保田の小作権が存在する点を参酌したのかどうか必ずしも明らかでないから、これを採用するのは妥当でない。これに反し、野本鑑定は右の点を踏まえ、被告久保田の小作権が有効に存在するものと前提して最新の時点における評価額を適正に算定しているものであるから、これを採用すべきである。

六  最後に、請求原因6項の事実中、被告中川と同久保田は昭和五二年一月一〇日本件農地につき本件賃貸借を締結した上、同年五月一六日加賀市農業委員会に対し農地法三条の許可申請をなし、同委員会は同年六月二三日これを許可したことは当事者間に争いがなく、金沢地方裁判所小松支部昭和五二年(ケ)第二〇、二一号各不動産競売申立事件の一件記録並びに弁論の全趣旨によれば、同委員会は、本件各抵当権設定登記後に締結された本件賃貸借の存する本件農地も農地法三条二項一号の小作地に該当するとして、被告久保田以外の者に取得資格を認めず、競売適格証明書を交付しない取扱いをしていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、本件賃貸借(賃貸期間一〇年)は右のとおり本件各抵当権設定登記後に締結されたことにより、抵当権者に対抗し得ないものである。元来、かかる賃借権は競落によつて消滅するもので抵当権者に損害を及ぼすことはないから、競売手続においてはかかる賃借権は存在しないものとして進行すべく、抵当権者に対抗し得る短期賃貸借にして抵当権者に損害を及ぼす場合にはじめて民法三九五条但書により裁判所に対しその解除を請求し得るものであつて、この理は農地の場合においてもあてはまる。

しかし、本件においては、同委員会が右のような取扱いをしているため、競買申出人は被告久保田に限定され、本件賃貸借は対抗力のない賃借権であるにもかかわらず、結果として対抗力のある場合と同様に以下の損害を抵当権者に及ぼしていることが認められるから、かかる賃借権もまた右同法条但書に準じ解除請求の対象となるものと解すべきである。

しかして、既に認定したとおり、本件農地の評価額は合計金六六八万五〇〇〇円であつて、被担保債権の合計金一七八〇万円の半額にも達しておらない上、民事執行法附則四条一項の規定にょり旧競売法に従つて処理される前記競売申立事件において、競買申出人が被告久保田に限定される結果、公正な競争による競売が不可能となり、ただでさえ右程度に過ぎない評価額を更に極端に低落させることが容易に予想され、原告の被担保債権の完済を不能にし、損害を及ぼすことは火を見るより明らかである。そうだとすれば、本件賃貸借は民法三九五条但書の準用によりこれを解除すべきである。

七  以上の事実及び説示によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九三条一項本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。

目録

1 石川県加賀市西島町一二〇番一

一 田 七五〇平方メートル

2 同 県同 市同 町一二〇番二

一 田 五五〇平方メートル

3 同 県同 市同 町一二〇番三

一 田 三五〇平方メートル

4 同 県同 市同 町一二〇番四

一 田 三五〇平方メートル

5 同 県同 市同 町一二一番一

一 田 七〇〇平方メートル

6 同 県同 市同 町一二一番二

一 田 六九〇平方メートル

7 同 県同 市同 町一二一番三

一 田 六九〇平方メートル

8 同 県同 市同 町一二一番四

一 田 三九九平方メートル

9 同 県同 市同 町一四一番一

一 田 七〇〇平方メートル

10 石川県加賀市西島町一四一番三

一 田 七〇〇平方メートル

11 同 県同 市同 町一四一番五

一 田 三〇〇平方メートル

12 同 県同 市同 町一四九番一

一 田 七〇〇平方メートル

13 同 県同 市同 町一四九番三

一 田 六八〇平方メートル

14 同 県同 市同 町一四九番五

一 田 三五〇平方メートル

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